EXAL 人と活動 [Sep.19, 2004]

大西 勇一 (おおにし ゆういち)                              
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大正生まれ。

昭和30年代から40年代にかけて 操縦士技能証明を取得し 宣伝飛行や訓練飛行を目的とする「株式会社タテバヤシエアロ」を設立。

1964(昭和39)年 ベンセン式を基本に ジャイログライダーを製作し その試験飛行場所として畑の中に長さ600mの滑走路をも造った。
それは後に 国から飛行場設置許可を得て「大西飛行場」となった。

1968(昭和43)年 トヨタ・パブリカの水平対向2気筒空冷エンジンをプッシャー式に搭載した大西式OG-2型「エアロパブリカ」を製作した。 先のジャイログライダーの構造様式を前部胴体フレームに応用し 萩原式H−22型グライダーの主翼 尾翼 後部胴体を利用してまとめたもの。 同年 航空自衛隊入間基地で開催された東京国際航空宇宙ショーに於いても展示飛行した。

1969(昭和44)年 富士重工スバルFF1000の水平対向4気筒水冷エンジンをトラクター式に搭載し 前部胴体をコックピット・エンクロージャ付きに全面改良した大西式OX5型「スバルプレン」を製作。主翼 尾翼 後部胴体は「エアロパブリカ」と同様。エンジンは1000cc 1100cc 1300ccと換装した。

「スバルプレン」は 1970(昭和45)年7月28日 神奈川県茅ヶ崎〜伊豆大島間約60kmの洋上飛行を実施して成功。 1971(昭和46)年には フロートを取り付けて利根大堰で離着水飛行試験を実施したほか 「フライイン’71」等 多くの大会に参加して飛行展示を行った。 

「スバルプレン」はスバルの水平対向4気筒水冷エンジンを搭載して成功した世界最初の航空機とされる。

- (昭和 )年 模型航空機用エンジン6基を搭載したモーター・グライダーを製作し 離着陸に成功した。

群馬県館林市と邑楽町にまたがる大西飛行場は ジェネラル・アビエーションの他 1971(昭和46)年8月に開催された日本初の自作航空機の大会「フライイン’71」をはじめとして スカイスポーツの用にも供されて親しまれたが 2003(平成15)年12月に供用を停止し 2004(平成16)年3月31日付けで廃止となった。

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次の写真はすべて 大西式 OG-2型  エアロパブリカ。 1968年 入間基地に於ける 航空ショーにて。   (撮影:K)


 



   

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